民法第237条(疆界線付近の穿掘の制限)と土地改良事業

1 条文の内容

  井戸、用水溜(ヨウスイダメ)、下水溜(ゲスイダメ)又は肥料溜(ヒリョウダメ)を掘る場合には2m以上、池、穴蔵(地窖 チコウ)又は便所の穴(厠坑 シコウ)を掘る場合には1m以上の距離を境界線から保たなければならない。(第1項)

 水樋(スイヒ)を埋め、または溝(溝渠 コウキョ)を掘る場合には、その深さの半分以上の距離を境界線から保たなければならないが、1mを越す必要はない。(第2項)

境界線の近くでこれらの工事をするときは、土砂の崩壊又は水や汚液の滲漏(シンロウ)を防ぐために必要な注意をしなければならない。(民法第238条)

2 条文の解釈

(1)掘削工事が民法第237条に定める工事で、かつ、その境界線からの位置が同条に定める距離を保持していないときは、隣地所有者は、被害や因果関係の立証を要することなく、工事の差止めや井戸等の工作物の撤去(工事完了後も含む)を請求することができる。

  (また、民法第709条により、被害の発生と掘削との因果関係を立証して、工事の請負人や注文者に損害賠償請求ができる。)

(2)規制の対象となる掘削には、ビル建築やガス管水道管等の埋設等のための一時的掘削は含まないと解されている。

(3)民法第237条には民法第234条第2項のような請求期限がないため、隣地所有者はいつでも民法第237条による請求ができると解されている。

   なお、損害があった場合の損害賠償請求は、民法第237条の規定が遵守されていようといまいと可能。

3 条文の適用がない場合

(1)隣地所有者との間で民法第237条と異なる合意をした場合。(民法第91条)

(2)民法第237条と異なる慣習がある場合(民法第92条)

4 立法の趣旨

(1)不動産は固定して互いに隣接している。そのため、所有権に基づく利用又は影響の排除を無制限に認めると、隣人同士の円満な共同生活は不可能になる。

そこで、隣人同士の調整のために相互に権利の制限を行うもの。

   同趣旨の条文は、民法第209条から第238条まであり、相隣関係に係る規定と言われている。

(2)穴を掘ると土砂崩壊のおそれがあり、また、掘った穴に水をためると隣地に浸漏する恐れがあるので、隣地にそれらの危害を加えることがないように最低限の距離保持義務を設けたもの。

5 土地改良事業との関係

(1)土地改良事業を行うについては、3分の2以上の同意による申請をもってすれば足りること、異議申立の制度があること、異議に対する決定がされた後でないと工事に着手できないことなどから、土地改良事業の施行は事実行為であるものの、行政庁の公権力の行使に当たる事実行為的行政処分とされている(昭和54年3月30日熊本地裁決定 昭和53年(ヨ)279号、これにより、工事差止めの仮処分申請は却下された)。

そのため、隣接所有者相互のトラブルを未然に防ぐ趣旨である民法第237条の規定は法的な拘束力はない。

また、土地改良事業により設置された土地改良区有の水路について、民法第237条と同様の相隣関係の規定である民法第216条に基づいた復旧工事の請求が否定された例がある。(昭和60年7月30日名古屋高裁判決 昭和59年(ネ)177号)

(2)土地改良事業による工事に対し、民法第237条の内容に照らし、不満のある者の法的的な救済手段は、事業計画に対する異議の申立であり、その場合、事業主体は民法第237条の内容を遵守しなくても損害を与えない、工事は適正である旨の立証を要することになると思われる。

(3)土地改良事業による工作物(営造物)の設置により、他人に損害を生じたときには、県は損害賠償の責を負う。(国家賠償法第2条)

この場合、民法第237条の内容を遵守しているかどうかは関係ない。