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安永七年

安永七年から朝廷の予算に上限が設けられた。ここでは一年の予算を月割りにしたが、閏月に関する予算はなく、余銀のうちから賄うことになっていたという。佐藤雄介氏「京都町奉行・京都代官と朝廷財政」(「史学雑誌」118編3号 2009年)から得た知識。