上海と杭州の備忘

2004年8月から9月にかけて上海と杭州に行った。上海は2年ぶり、杭州ははじめてだった。忘れないよう記録する。

リニアモーターカー
上海浦東空港を利用したのは今回がはじめてである。海と思っていたのがどうやら長江らしいとわかってすぐに、浦東空港が現れる。虹橋空港と比べても明らかに巨大な敷地、ターミナルビルである。ただ、香港の空港と比べるとちょっと閑散としているかのような印象を覚えた。また、搭乗待合室のトイレが階段を降りていかなければならないとか、免税店などの売店のスケールは、香港と比べてこの空港がしょぼく見える印象を与えた。
これまで、空港にはいるとすぐに空港建設費を払い、次に税関を通って、チェックインする段取りだったが、他の空港と同様、最初にチェックインできる構造になっていた。なお、空港建設費は9月1日から廃止された。
時速400キロを超えるリニアモーターカーの乗り場はすぐにわかるかと思ったが、時間がかかった。出口が1階でリニアモーターカーの駅が高架で上る必要があることと、広い道路駐車場を隔てているため、かなり長い距離を歩くことになる。長い通路ではBGMが流れている。帰りには「氷雨」が流れていた。
リニアモーターカーの駅はまったく閑散としていた。どうかすると、駅員よりも客のほうが少ないときがあるのではないかという気がする。
切符は窓口販売で、片道50元往復80元、貴賓席がその倍である。市内まで高速バスが走っているなか、途中で地下鉄に乗り換える必要があり、しかも高額、おまけに空港から歩かされるという状況では、客が少ないのもうべなるべしである。
私が空港から乗った車両には日本から来た鉄と思われるグループが薀蓄をかたむけていた。
改札は自動改札であるが係員が立っている。それとは別に警備員がいて、荷物を飛行機に乗るときと同じような機械に通すことになっているようだが、空港から乗ったときは必要ないと言われた。(空港に行くときに龍陽路駅から乗ったときは通させられた)
ホームの入口には案内係がいる。更に車両がはいってくると、各車両から案内係が出てきて、車両の入り口で立っている。指定席でもなく、行き先は1駅先の龍陽路だけなので、1両に1人ずつ係員がいて特にすることもないと思われるが、これはこれで豊かな気分になる。
龍陽路までは30キロを8分程度で行く。各車両には時刻と走っている速度が表示される。400キロを超えるのは1分か2分である。横に高速道路があって、そこを走る自動車を抜き去るところを見ると確かに速い。乗ること自体が面白い。減速して200キロになったときに、200キロとはこんなに遅いのかと思った。上記のグループからもそのような発言があった。ただ、事前に予想していた目にも止まらぬというものではなかった。思うに、新幹線のように架線柱がなく見通しが利くためではないか。また、意外に揺れることにおどろいた。
龍陽路駅で地下鉄と接続する。ここもそれぞれ建物は別となっていて、乗り換えのためには一度外に出なければならない。よく歩かされる高速鉄道である。空港のホームにはホームドアがあったが、龍陽路にはない。

上海市街 
2年ぶりに来たら、更に再開発が進んで、古い町並みは減っていた。明珠線の表示が3号線に変わっていた。また、自転車の洪水は本当に見られなくなった。
一大址に行ったら、学校から連れてこられたと思しき中学生程度の団体と一緒になった。説明を聞いたり展示を見ている態度は、京都の寺院を見にこらされている修学旅行生といったところであろうか。中国共産党の聖地での退屈そうな姿が印象深い。一大址の横は最近できた観光地の新天地であるが、上海のレトロな家並みを生かしたショッピングモールというふれこみなのであろうが、たいして興趣をそそるものはない。私には同じ石庫門住宅である一大址を参観すれば新天地を歩く必要はなかった。
南京東路の吉野家で久しぶりに吉野家の牛丼を食べた。並で12元、ただし、茶は別売である。私の前には10代とおぼしき女性一人がすわって牛丼を食べていた。大都会上海のまんなかの吉野家でひとり牛丼を食べる少女の姿に、いろいろな想像がはたらく。南京東楼の隣り合った2軒の店でテレサ・テンの「小城故事」と「つぐない」がそれぞれBGMで流されていた。
淮海中路香港広場の中の茶餐庁で麻婆豆腐を食べたが、山椒の香りのしない、日本で食べる麻婆豆腐のような味だった。あれが上海人の好みなのだろうか。
花園飯店のロビーでジャスミン茶を飲んだ。60元と破格の値段であるが、私でも高級だなと思うさわやかな風味のジャスミン茶と静かな雰囲気も好ましい。そしてそこにTシャツ短パンでも違和感なくはいっていけることに日本人旅行客であることの有難さがある。
龍門飯店の部屋の窓からは上海駅を発着する列車が見ることができた。時刻表を買い、どこ行きの列車が今出たなどと思いながら見るのは面白い。
龍門賓館では日本の衛星放送は映らなかった。中国各地の放送局の番組を見ることができた。京劇と時代劇の占める割合は非常に大きい。他には甘ったるいメロドラマとニュースでプログラムが埋められている。上海のテレビ局も新疆のテレビ局も変わりはない。ニュースではオリンピックが大きく取り扱われ、北京に選手団が戻ったときには、オリンピック健児凱旋というテロップが出ていた。金メダルを取った選手の故郷のルポや親族へのインタビューもしばしば放映された。実況は中国選手とごくわずかの陸上のアメリカ選手のものに限られていた。ドラマでは各局で「半生縁」が放映されていた。確かにおもしろそうだった。主題曲は主演の林心如が歌っている。

杭州西湖
上海杭州間は200キロ、特快列車で2時間30分、軟座が50元、硬座が33元である。沿線は江南の平野が延々と続き、杭州に来て山が迫ってくる。山がないため、車窓から、沈む赤い夕日が目の高さほどのところに見えた。大陸にいることを感じさせた。杭州行きの列車に乗ったときには上海駅の改札口周辺でも、車内でも、杭州駅でも、西湖の観光ツアーや杭州・西湖の地図の売り込みがされていた。杭州の西湖が第一級の観光地であることを示すものである。また、杭州駅近くの機関区には多くの蒸気機関車があり、朽ち果てるままに放置されているようだった。
杭州駅から西湖まではいろいろな路線のバスが頻発している。駅前から西湖までの道は西湖大道という。中には車掌つきのレトロな市内電車風のバスも走っているし、一体に杭州を走る路線バスは新しく、斬新なデザインのものが走っている。運賃は2元または3元であった。
西湖はおだやかな風情の落ち着いた潤いのあるところだった。既視感を覚えたのは、ここをモデルにした頤和園大濠公園を先に見たことがあるからであろう。湖の周囲を1周40元で走る電動の遊覧車がある。乗り降り自由で区間により10元単位に料金が上がるようである。周囲は見事な緑地に囲まれ、周囲の道路はプラタナスの巨木の美しい並木道となっており、三方をおだやかな稜線の山々が囲んでいる。
変な遊園地があるわけでなく、しょぼい物売りの店もない西湖はさすがに昨日や今日の観光地ではない風格を感じる。西湖に沿って広がる杭州の町も落ち着いた雰囲気があり、ここにはちょっと住んでみたいという気になった。
ただ、この西湖のような景色は強烈な印象を与える絶景というものではない。日本にもたくさんあるのではないかと思う。特に江南と同じような気候風土である西日本では洗練さはともかく、ざらにある風景で、さまざまな風景のある中国の中で、なぜここが第一級の景勝地とされているのかという素朴な疑問もある。
これには、芥川龍之介が「江南遊記」の中で下記のような回答を出しており、私もそう思っている。
「西湖の自然は、嘉慶道光の諸詩人のように、繊細な感じに富み過ぎている。大まかな自然に飽き飽きした、支那の文人墨客には、あるいはそこが好いのかも知れない。しかし我我日本人は、繊細な自然に鳴れているだけ、一応は美しいと考えても、再応は不満になってしまう。」