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中国文明論集

儒教では埋葬の方法を土葬とし、火葬を人倫にもとる残酷な行為として排斥した。
宋、元、明はその天下一統のはじめに火葬禁止の命令を発布したが、清は出さなかった。
もともと満州族は普通に火葬を行っていた。
乾隆帝が即位したときに火葬禁止の命令が発布され、それまでの火葬禁止令が有名無実に流れる傾向にあったにかかわらず、乾隆帝以後は火葬が下火になり土葬が習俗として成立し、火葬を行うことは大きな非難を浴びる行為となった。
これは儒教思想の下層社会に対する浸透を意味し、康熙、雍正、乾隆帝の時期は儒教教育の民間への普及の一大飛躍の時期だった。
以上、宮崎市定氏「中国火葬考」(「塚本博士頌寿記念仏教史学論集」1961年、宮崎市定氏「中国文明論集」(岩波書店)に所収)による。